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盛岡簡易裁判所 昭和37年(ろ)124号 判決 1963年2月05日

被告人 佐々木武志

昭一一・九・二五生 日雇

主文

被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処する。

右の罰金を完納できないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中第三の負傷者不救護の点につき、被告人は無罪。

理由

一、罪となるべき事実

被告人は

第一、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和三七年六月一九日午後九時三〇分頃、盛岡市平戸四七番地付近盛岡駅前広場道路において、自動三輪車を運転し

第二、運転資格をもたないで自動車運転の業務に従事する者であるところ、前同日午後六時過頃から午後九時過頃まで同市加賀野春木場岩手牛乳株式会社において、同僚五、六人と会飲し、被告人は清酒約二合と焼酎約二合を飲んでかなり酔い道路交通等の状況に応じてなすべき安全な運転を期しがたい状態となつたので、かようなときは酔いをさまし、正常な運転ができるようになるまで運転を見合わせ、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意業務があるのに、被告人はこれを怠つて前記車両を運転した不注意により、同日午後九時三〇分頃同市新築地開運橋を渡り盛岡駅方面に向け西進する頃から次第に酔を発して注意力がますます散漫となり、時速約三五キロメートルで前記盛岡駅前広場道路に進入の上左折しようとしてハンドルを左方に急激に切つたため車両の重心を失わせて同車を右方に横転させ、助手席に乗車していた吉田昌司(二〇年)を同車と共に転倒させた上その右腕を同車の下敷きとし、因つて同人に対し加療一個月を要する右上膊骨亀裂骨折等の傷害を負わせたものである。

二、証拠の標目(略)

三、法令の適用

被告人の判示第一の無免許運転の所為は、道路交通法六四条、一一八条一項一号に、判示第二の業務上過失傷害の所為は刑法二一一条前段罰金等臨時措置法三条一項にあたるところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、いずれも罰金刑を選択の上、同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納できないときは同法一八条に則り金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置すべく、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないものとする。

四、公訴事実中第三の負傷者不救護の点についての判断

本件公訴事実中第三の、被告人は、昭和三七年六月一九日午後九時三〇分頃、盛岡市平戸四七番地付近盛岡駅前道路において自動三輪車を運転中、判示第二のとおり吉田昌司に傷害を負わせたのに、直ちに負傷者の救護をしなかつたものであるとの点につき考察するに、被告人が前記日時場所において自動三輪車の運転を誤り、因つて吉田昌司に対し加療一個月を要する傷害を負わせたことは、前記判示第二についての証拠を総合してこれを認定するに十分である。

ところで道路交通法七二条一項前段により運転者等に対して課せられる負傷者の救護義務は、交通事故が発生した場合の緊急措置義務の一として、すでに生じた人身に対する被害を可及的最少限度にくいとめ、もつて交通の安全を図ろうとする趣旨に出たものである。しかしながら交通事故の結果人の負傷があればすべて救護義務があるというべきではなく当該具体的状況にかんがみ救護の必要がないと認められる場合、すなわち、負傷が軽微で社会通念上、ことさら運転者等の助けをかりなくとも負傷者において挙措進退に不自由を来さず、年令、健康状態等に照らし受傷後の措置をみずから十分にとり得ると認められるような場合には、この義務は発生しないものと解すべきである。(札幌高等裁判所昭和三七年七月一七日判決参照)

証人吉田昌司及び被告人の各当公判廷における供述によれば前記自動三輪車が横倒しになつた瞬間、これを運転していた被告人及び助手席に同乗していた右吉田昌司は、車両諸共横倒しとなり、右吉田は運転手席の右側に頭部を進行方向に向け俯伏せになつて倒れ、右腕の関節のあたりが車体の下敷となつてはさまれてしまつたので、同人は痛い痛いと叫声をあげたこと、その時被告人は右吉田の腰のあたりに折重つて横倒しとなつたこと、その辺に居合わせた数人の人は時を移さず近寄つて来て倒れた車体を起こしてくれ、車体が元のように起直るまで一分間とかからなかつたこと、右吉田は右腕に激しい苦痛を覚えまた血の流れるようなことはなかつたけれども顔面にも挫傷を負つたが、車体を起こして貰つたので自力で起上つたこと、右吉田は年令二〇才、生来健康でそれれまで病気一つしたことがなく当日も身体のどこといつて調子のわるい個所がなかつたこと、右交通事故に因る負傷の際も吉田は右腕以外は身体的に何処にも苦痛不自由の個所がなかつたので、起上つてから二・三分間と思われる短時間中にその場をはなれ、左手で右手頸を押えて、人手をかりずに予てから所在を知つていたすぐ近くの観光タクシー営業所に中位の速度で一人で歩いて行き、同所からすぐにハイヤーを駆つて自ら医院に赴き手当を受けたこと、一方被告人は運転席にあつて車両諸共に右吉田の腰のあたりに折重つて横倒しとなり、前記のとおり車両が元どおり起こされると被告人も起直つて見まわしたが、その時には負傷をした右吉田は、挙措進退に不自由を来たしていなかつたのですでに自ら医院にゆくためタクシー営業所を目ざしてその場をはなれた後であつたから、救護措置をとることはおろか、負傷事故の確認をすることすらできない状況になつていたことが認められる。

右認定のように、交通事故に因つて負傷をした右吉田昌司において、負傷の程度がさして重くはなく、挙措進退に不自由を来さなかつたので、何人の助けもかりず、自ら、医師の診療を受けるため、運転者の被告人が救護するより以前に早くもその場を立去つた本件にあつては、運転者である被告人は救護義務違反の責を問わるべきものではないと解すべきである。よつて刑事訴訟法三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 石沢鞏三)

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